Bye Bye '05
7月にダンナと娘をつれて、日本に帰った。娘は4歳のときに、1年だけ日本に住んでいたことがあり、すでに、日本には数回訪れているが、ダンナは今回が初めて。
ダンナとウチの家族の対面は、今回、初めて。すごい、心配だった私。兄は少し英語が話せる?が、話せるといっても、単語くらい。母親はぜんぜん、英語ダメ。
それでも、何とか、気持ちというのは通じ合うようで、実は今回は、あんまり私が通訳をかってでなくても、なんとかなってた。身振り、手振りで話し合いながらも、結構、うまくいっていた彼ら。
ただ、惜しいのは、ダンナと付き合い始めたころは健在だった父が、今はいないこと。父、2003年に癌で亡くなった。あ、でも、きっといたら、すごい喜んでいたことだろう。
父は私の娘のことが、大好きだった。私が一年間、前ダンナと別居して日本に住んでいたときも、目にいれても痛くないほどで、どこへでも彼女を連れ歩き、いつも孫自慢をしていた。
私が小さい頃、単身赴任しなければならなかった父。私の成長を目にすることができなかったのが、引け目に思えるらしく、娘をダブルでかわいがっていた。
娘のことだけはよく面倒を見るように、というのが、私たちの離婚に際してのお達しだった。このお達しは、いまだに守られてるよ。天国でも、安心していてね、お父さん。
さて、今回は、1週間しか日本に滞在できず、その短い間も、役所関係と銀行などの書類仕事に追われ、いろいろ、観光できなかったのが、ちょっと残念。
日本を離れて14年、国際結婚、国際離婚、そして、国際再婚なんて、してしまうと、それこそ、戸籍がめちゃくちゃ。
まして、半アメリカ人の娘の日本戸籍までとなると、もう、ほとんど、ロケットサイエンティストでもなければ、考えが及ばない。でも、やっと直してきたので、もう心配することはなし。ホッ。。。
さて、唯一、観光らしいことは、横浜のランドマークタワーに行ったこと。このビル、69階で、世界でも有数のスカイスクレイパー。遠くまで、いろいろ見える。
高村光太郎が智恵子抄で”東京には空がない”と書いていた(?)。田舎育ちで、周りは放牧地ばかりのところに住む我ダンナ曰く、”日本には空き地が無い”。
下の写真、実は、横浜の地元の小学校を、ビルからズームで撮ったもの。なんと、
小学校の屋上にスイミングプール????
よく見ると、プールの周りに子供もいるではないか。これには、びっくり。そうね、日本は確かに土地がないからね、でも、プールの水、どうやって替えるのだ???















